【代表コラム】「消費」から「参加」へ


お盆休みはどのように過ごしましたか?ステイホームや近場で過ごした方も多かったかもしれません。コロナが始まって約半年。振り返ってもいろいろなことが目まぐるしく起こっていますね。

私はと言えば、この半年間ほとんど電車に乗ることもなく、家のまわりでほとんどの時間を過ごしています。生活スタイルが変わり、深く考える時間も多くなりました。いま私の関心は、10年後の未来構想です。いろいろお話したいことがたくさんあり、今日はその一つについて書いてみたいと思います。

「消費」から「参加」へ

次の10年の大きな方向性・トレンドは「消費から参加へ」ではないかと思っています。「消費社会」から「参加社会」への大きな流れが起きてくるのではないかと思っています。

■資本主義が生み出した構造と問題

ここまでの日本社会は資本主義の大きな原理・力学のもとに、都市と企業と会社員を生み出し、地域においては職住分離を促進してきました(お父さんは都市に通勤する)。個々人の豊かさも、学歴・収入を主な指標にしながら突き進んできたように思います。良い学校に入ること、良い会社に就職すること、お金を持つこと、家や車を持つこと。それが豊かさの指標だといつの間にか思い込んで、みんなで同調しながらその獲得に邁進してきたと思います。私もその一人です。

そのことは、私たちの生活・暮らしを便利に・快適に発展させたと共に、様々な問題も生み出してきました。

  1.  資本主義の基本原理である競争によって、結果的には「格差」が生み出されました。
  2.  自然環境が深刻なダメージを受けて、温暖化やウイルスなどの問題が顕在化しています。
  3.  市民は消費者意識(地域サービスも納税の代わりに消費する)が強くなり、市民社会運営に対して主体性や当事者意識を持てず、行政にアウトソース化してしまっています。
  4.  競争と個人主義によって連帯を失った自己責任社会は、「孤立」を生み出しています。

少し言葉を尖らせて辛辣な書き方をしましたが、大きくはこんなことが起きていると思います。

■労働(収入)と消費で豊かになる勝ちパターンが崩れ始めている

でも、次の10年を考えたとき、少し希望的観測を含めて言うと、大きく風向きが変わっていくのではないかと思っています。

収入のために働いて、消費によって豊かになるという“勝ちパターン”が少しあやしくなってきました。いろいろなものを犠牲にしながらがむしゃらに働いて、その収入・お金でモノを消費していっても、果たして「これが望んでいた豊かさなのか?」という問いが起きてきています。

「モノ消費」から「コト消費」への移行も顕著で、「体験価値」の重要性は向上しています。「コト消費」の次は「意味消費」だとも言われていて、これはコトラーのマーケティング3.0とも重なります。「世界をよりよい場所にすること」に人々の欲求や共感が向かっていくということです。(食品世界大手ダノンの「Entreprise à Mission(使命を果たす会社)」は最も顕著な現れのような気がします)

それでもこれらの「コト」「意味」はまだまだ“消費”という概念の範囲に収まっているように思います。生産者と消費者という「リニア(直線的)な構造」であることは変わりません。ここに揺さぶりをかけるのがシェアリングエコノミーです。メルカリやAirbnbのように主体(提供者)にも客体(消費者)にもなる経済活動のモデルです。ここまで来ると“消費”という言葉も似つかわしくなくなってきますね。

■これからの時代は「主体」と「参加」が豊かさの源泉になる

そのような流れも踏まえながら、私はここに「主体」と「参加」というキーワードを加えたいと思います。自分が関心あることに「主体」として「参加」することの楽しさ・おもしろさ・豊かさ。例えば自分が興味・関心のあるイベントやプロジェクトに、お客さん・消費者として関わるだけではなく、自分が主体として参加することで、その「好きなもの(大切にしたいもの)に関与・貢献」することができる。自分がやりたいことや欲しいものを、仲間たちと協力しながら創り上げていくことができる。「主体的に関わる」ってめちゃくちゃおもしろくて豊かなことなんですよね。単に楽ではないかもしれないけど、充実感はハンパないと思います。

今は労働によって提供側にまわるか、消費によって享受する側にまわるかのどちらかになることが多いですね。それだけ分業されていて、それが「労働・提供側のつらさ・プレッシャー」と「“お客様は神様”の消費者人格」と「自分の役割(労働・消費)以外は関係ないという“他人事”感=市民意識(シチズンシップ)の無さ」を生み出しているとも言えます。

お金で買える商品・サービスは快適で豊かなのでそれはなくならないと思うけれど、それを人生・豊かさの全部にしない。自分が「主体」で「参加」することによって「社会に何かを創り出している感覚」を得る。その参加によって得られる「体験」や「つながり」という価値を自分の人生・豊かさの中に入れていく次の10年は人々や社会全体がこの「主体」や「参加」による豊かさに気づくようになって、豊かさの指標の比重が移行していくような気がしています。(「学歴・収入・モノ」から「体験・つながり・社会参加」へ)

個々人としては、自分の人生の中に「主体」や「参加」をどう入れていくか。そして、行政や地域や団体は、市民や住民などの個々人にどうやって「主体」や「参加」の機会をつくってコーディネートしていくか。「消費社会」から「参加社会」へ。このシフトが起きるとにらんでいます。豊かさの指標・あり方が移行していきそうです。

ますます市民活動やコミュニティ活動の出番です。「自分たちが大切にしたいものを、自分たちも参加してつくっていく」。それは市民としての責務という意味づけだけではなく、その「参加」が「体験」を豊かにし、「つながり」を豊かにし、「人生・生き方」を豊かにする。15年間「コミュニティ」をテーマに取り組んできた私たちとしては、そんな「参加社会」の流れに貢献していきたいと思います。

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