4月7日(私の誕生日・苦笑)に緊急事態宣言が発出されて、昨日(5月25日)それが解除されました。7月末までは移行期間ということで、段階的に解除したり、いろいろ試しながら、数字をモニタリングして様子見運転が続くのでしょう。
4月7日にもいろいろ書きましたが、節目のタイミングでもう一度言いたいなぁと思って書きます。(あの時は誕生日のお願いでしたが、今回は何もお願いできる立場ではありません・・・)
緊急事態宣言が解除されるも、活動は個々の判断に委ねられる
緊急事態宣言が解除されると、段階的にいろいろなものが動くようになると思います。
出社・通勤や、飲食店の深夜の営業や、イベント・研修・会合、など。もちろん参照できるガイドラインがあったりするけど、最終的には法人や個人の判断に委ねられる部分も多く出てくるでしょう。それが揺さぶられる構造的要因です。
みなさんは出社・通勤しますか?それは会社の判断なので、個人の判断の余地はないですか?判断の余地がある人はどうしますか?外食しますか?飲みに行きますか?映画は?キャンプは?習い事は?イベントやりますか?会合・ミーティングやりますか?懇親会やりますか?
向こう2ヶ月くらい(6月〜7月)、いろいろな動きが出てくると思います。
外食に行く人、飲みに行く人、レジャーを楽しむ人、習い事を再開する人。イベントが開催され、会合やミーティングも感染予防をしながら少しずつリアルで行なわれるようになる。そんなことが起こってくるでしょう。
一方で、不安な気持ちもあります。3月20日・21日・22日の3連休の二の舞にならないのか。第2波が怖い。医療体制に負担をかけたくない。自分がかかったらどうしよう、など。
「変化」の期間は、行動や気持ちに差が生まれやすい
私が懸念するのは(相変わらずですが)、人の気持ちに差が生まれることです。
この自粛の2ヶ月間は大変だったけど、それはそれで適応も起きていて、これが少し定常化しつつあります。そして、次の2ヶ月(6月〜7月)はまた新しいステージになるので、「変化」の期間になると思います。変化の期間は行動や気持ちに差が生まれやすいのです。
活発に動ける人は、うまくやれている自分に自信が生まれて、快活に過ごせるでしょう。
とても良いことだと思います。一方で、それが優越感や振りかざす正義にならないように気をつけたいです。自分たちだけじゃなくて、社会全体が少しずつ動き出す方に力を使っていきたいです。
社会や人が動いていくことに気後れを感じたり、「自分の感覚」と「世間の意識や動き」にギャップを感じることもあるでしょう。「飲み会まだ早いだろう」「イベントまだ危ないだろう」と思います。それは医療や公衆衛生の観点からは正常な感覚だと思います。その慎重さは未来の不確実性が高いこの状況においては優れた感覚だと思います。
「比べない」「自分の基準を持つ」「人を責めない」スタンスを持つ
一方で、動き出す会社・団体・人を責めないスタンスも同時に持ちたいです。
「みんなが飲み会やイベントをやっていたとしても自分はしばらくやらない」「みんなが子どもを習い事に通わせていても自分は通わせないとしよう」と自分の基準をつくれば、比べることによるストレスは減ると思います。
次の2ヶ月(6月〜7月)は、「動きの差」や「気持ちの差」が出やすい状況になると思います。その時にいろいろな感情が自分の中を動きます。人や世間と比べてしまうと、動けている自分に対して「あの人たちは動いていない」という批判になることもある。人や世間と比べてしまうと、動けていない自分に対して自己嫌悪に近いような感覚や取り残されている感覚を抱くこともあるでしょう。それが時に人や社会への攻撃に転化することもあります。
これは誰かのことではなく、全部自分の中にもある感情です。そして、こういう「動きの差」や「気持ちの差」が生まれるであろう次の2ヶ月の状況に私はそわそわしています。どうか(自分も含めて)、人や世間と比べないでいたい。「自分はこういう基準いきまーす!」と軸を持って程良く自分を貫きたい。自分と違う行動や考えの他者を責めないでいたい。
うまくうま〜く自分の正義や価値観を相対化して、自分と違う行動や考えの他者に寛容であると共に、自分の行動や現状を肯定して、「これでいいのだ」と認めてあげて、自分をほめてあげて、(必要があれば)許してあげられるといいと思います。
そして、自分にとって心地良い「つながり」や「コミュニティ」でのコミュニケーションを増やして、自分をちゃんと満たしてあげて、自助・自立・自己啓発だけではない「他者との相互作用」の中で、自分の気持ちづくりを心がけていきたいと思います。
CRファクトリー 代表理事 呉 哲煥