【イベントレポート】<スペシャルトークイベント>佐渡島庸平×小沼大地×呉哲煥 コミュニティを語る 〜活気あるコミュニティであふれた未来とは〜

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公助共助領域やインフラとしてのコミュニティをどう育むか

小沼:改めまして、小沼と申します。クロスフィールズというNPOをやっています。もともと、中東のシリアで2年間くらい青年海外協力隊として住んでいて、その後ビジネスの世界に進み、マッキンゼーという会社で3年間ほど働いて、今から10年ちょっと前にビジネスとNPOをつなぐというコンセプトでNPOを創業しました。

ビジネスの世界とNPOの世界を繋げる・混ぜるという活動をこの10年続けていて、変わったなと思うことがあります。これまで「社会課題の解決」というとNPOがやっていたのに、なんか急に「大企業が社会課題の旗手だ」みたいな感じで言われ始めている。

パタゴニアやばい!みたいな話が出てきて、環境問題はもうみんなイヴォン・シュイナード(パタゴニア創業者)に任せればいいじゃん!みたいな感じになっている。日本でも、ユーグレナすごいよねとか、最近はインパクトスタートアップみたいな言葉も出てきて、スタートアップが社会課題を解決していくみたいな文脈がすごく増えてきて。あれあれ?NPOの価値っていったいどの辺にあるんだろう?みたいな、アイデンティティが崩れていくような局面に今いるんじゃないかなと思っています。

その時に、山口周さんの著書「ビジネスの未来」(山口周著、プレジデント社、2020年)の中で、「経済合理性の限界曲線」という概念が紹介されているのを見ました。この表は縦軸に課題の難易度があって、横軸に課題の普遍性がある。普遍性というのは、「どれだけお客さんがいるか」ということ、難易度というのは「ソリューションの難しさ」のこと。

小沼:この表で絵が描かれている曲線を見ると、「一番お客さんがたくさんいて、課題の難易度が低いところが一番儲けやすい」という話になっている。だんだんグラデーションになっていって、どこかで儲かりづらいところが分かれる。つまり、資本主義で解決できる課題と、その市場の外部にある「外部不経済」と言われているような課題に分かれる、ということを言っているんです。

そして今、この曲線が変わってきているなと思っています。ひとつは、「①ソーシャルイノベーション的なこと」が起きている。例えば、さっきのグラミン銀行の話もそうだと思うんですけど、これまで経済活動では救えなかった人たちが、マイクロファイナンスというもので救えるようになりますよね、とか。教育課題や福祉の課題もこんな風に変えられますよね、と掲げる起業家が現れて、「儲けられる!」と曲線をぐいっと押し上げていく動きがある。

一方で、「②大企業や一般企業の活動」はそもそもある。いま世の中はこの二つの世界だけで動いているような風潮があるように感じている。でも、絶対そうじゃないと思っていて、「③公助とか共助とか、お互いさまだね、と助け合う人と人とのつながりという領域」がある。

①と②は資本主義の動きなんですが、資本主義の動きに市民社会が潰されちゃうような局面になるかもしれない。しかも、①(ソーシャルイノベーション領域)が、エネルギー感も、ブランディングもうまくて強い、ということで、2020年代のNPO活動はけっこうピンチだと思う。昨日も朝日新聞に、「NPO、世代交代進まず、終わっていきます」みたいなことが書かれていて、ううう、と思った。

でも、③(公助、共助の領域)が大事だと思っています。なんか、ソーシャルビジネス的な活動、というよりも、公助共助の領域で一体どういう風に旗を掲げて、これが大事なんだ、と言える人が出てきて、活動がたくさん出てくるのがとても大事だなと思っています。

小沼:少し端折りますが、4つめだけちょっと言いたい。前言撤回になってしまうかもしれないんですが、先ほどの図でNPO活動を定義しようとすると、限界曲線の外側の、残された課題をやっている、スタートアップが解決するまではそこやってね、という受動的な生き物になってしまうんじゃないか?でもそれは違うと思う。

例えば、対価性のある課題解決や、そういったアクションの話をこの図自体がしていて、そもそもこの図で語られないような価値が世の中にあって、そこに目を向けるような活動を、色んな人が、色んな形で、主体的にしていく、ということが大事。

そこに「社会課題解決」とかいうことじゃなくて、そのインフラになるようなコミュニティというものがある。だからコミュニティというものが、いまものすごく大事なんではないか。その活動に2005年から張っていた呉さんってすごいな、と改めて思っている。なんでコミュニティが今大事だと思っているか?という話でした!

価値が明確じゃないから価値がある

:佐渡島さんにこのタイミングで聞いちゃいたいんですが、やっていることがコミュニティになっていったのはなぜなんですか?なぜこれをやっているんですか?

佐渡島:これをやっているのは…そもそもは、僕が作家さんのために「ファンコミュニティ」を作った方がいいと思って。でも、自分自身はファンコミュニティとか、ファンクラブとか一切入ったことがないし、わかんなかった。コミュニティについての本ってあるかな、と考えて探したけど、僕のイメージでは【こういう】感じの読みづらい本しかなかった。実際にファンコミュニティに関する本を探したけどどこにもなくて。

コミュニティってこんなにあふれているのに、学者による本でも、地方創生的な感じの本でも、ありふれてることしか言ってないし…。ギリシャ人とかコミュニティについて考えてないのかな、とか。ギリシャ人とかなんでも考えてそうだけどね。

いろいろ探してもドンピシャの感じはなくて、コミュニティを学ぶコミュニティ、って言ってんだから、「自分たちで運営したい!」とかってみんなが言い出したりして。そのうち、講義をやめてコミュニティについていろいろ考えるとかいろいろやりだして。コミュニティの運営を、全部その来た人たちに任せてやりだしていくと…なんというんですかね、仕事で出会っている人とは違う本音がすごい見えてきて…。

:最初は、もしかしたらファンコミュニティが入口だったかもしれないけど…、佐渡島さんなりに、やってみたからこそ見えてきた価値みたいなものはありますか?

佐渡島そこから起業する人もすごいいるし、信じられないような成功をする人もいる。絶対転職しないだろう、みたいな人間がドーンと会社辞めちゃって変わっていくんです。SNSだけでフリーランスで食い出したりとか、公務員だった人が「ストレングスファインダーのコーチになりたいんです」とかって言って始めたり。

僕のYouTubeに出て、僕をコーチをしている風にして、動画を世に出してホームページ作れば?とか言ったら、オンラインサロンのメンバーが彼に発注して、5人10人はじめのお客さんがいるところからその様子をみんながツイートしたりすると、結局ストレングスファインダーのオンラインコーチングだけで公務員の時と同じくらいで食っていけてます、みたいな人が現れたりとか。すごい不思議な感じ。

小沼途上国開発の世界では、GDP1,000ドルくらいがめちゃ幸せ、というのがある。それ以下だとやっぱり天候での飢餓があったりとか、政治リスクが非常に高いと1,000ドル行かなくなってしまう。1,000ドルくらいって安定していて、まだ経済発展もしかけていて、高度成長期に突入する前の日本くらい。何かちょっと自分が仕事をするとそれが地域社会が豊かになることに繋がっていて、「自分の仕事と地域の接続が100%」みたいな世界観。ここのあたりにスイートスポットがあった説、をよく思っている。

でもそこにただ戻ることはできないので、その時の良さをどうやって今の世の中に入れ込んでいくのか?が超大事。我田引水になるけど、NPOの世界にはそういった価値があると僕は思っているので、そことビジネスを混ぜるとなんか仕事ができるんじゃないかなと思っています。

佐渡島:さっきのだけでも、最低限でもコミュニティが3つ入ってる。逆に、もう本当にお金に変えられるためのアルバイトとか、縁は薄いかもしれないけど、一応は入れるコミュニティが1個しかない人たちが多いだろうなと思っている。その1個すら人間性が否定されるような、将来的にはロボットとかAIに変わるような仕事をさせられたりすることによって生きづらくなる気もします。

小沼僕がいた農耕社会では、「働いていること」と「雑談していること」の区別がほぼないような感じがしていた。確かに、時間はないともいえるけど、タイム・イズ・タイム(時間は時間)なんですよ。牛を追いながら散歩して、おーい、とか言ってるけど、仕事をしているわけで。それでいて明確に自給自足している。

佐渡島時間軸が違っていて。公助って何なのか?というと、交換の概念が世代をまたいでいたりとかする。「お前のお父さんがオレを助けてくれたから、今オレがお前の子どもを助けてやる」とか。

お金だったら、交換が即時じゃないですか。PayPayで払ったりするともう一瞬で交換が起きるけど、もっと10年、20年というのが社会全体の中で起きている「贈与的な交換」がいっぱい起きている状態っていうのはどうやって作るのか?

1対1対応になっていないのが大事。今のNPOの仕組みだと寄付したお金が何に使われているのか明確に把握しないといけない。でも、明確じゃないから価値がある。

小沼:ここが今、インパクト評価といわれているその流派もあるんですけど、その逆かなと思っている派。もっと曖昧にやっちゃった方がたぶんこれからの時代の方向性なんじゃないかな、という感覚でいる。可視化するのって、交換の話に近いので、寄付に対してどうやってできるのか?という話になってしまう。

佐渡島:可視化できるものは、可視化の仕方がわかっていることしかできない、価値がわかっていることしかできない、ということになってしまう。価値がわかっているものはお金に変えられる。お金に変えられるものしか手伝わない、となると、そもそもNPOのやろうとしていたこととずいぶん違うぞ!?

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